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ギター偉人伝

レオ・フェンダー Clarence Leonidas Fender(1909〜1991)

 エレクトリック・ギターのフィールドにおいて、画期的な発明を次々と生みだした功労者を挙げるとすれば、その筆頭となるのはレオ・フェンダーに間違いないだろう。ソリッド・ボディのエレクトリック・ギターをいち早く市販化した功績のみならず、その当初のデザインのギターが現在でも第一線で使用されているという恐るべき事実だけでも、彼の名前をギターの歴史に刻むのに十分だが、それ以外にも彼は現在にまで受け継がれる数々の画期的な発明を残した。彼の足跡と、その偉大な業績を追ってみよう。

 1909年8月10日、カリフォルニア州アナハイム近郊の農家に生まれたクラレンス・レオナルド・フェンダーは、幼い頃から工具や機械に強い興味を示す子供で、成長してからは同時にカントリーやヒルビリー、ハワイアンなどの音楽にも惹かれていった。レオの少年時代の、その二つの興味の接点がラジオだった。'20年にはアメリカで世界初のラジオ放送が開始され、ラジオが最先端の電子機器技術としてレオの目に映った。ちょうどその頃、電気関係の仕事をしていた叔父が自作でラジオを製作していたことにも強い興味を持ち、叔父からの手ほどきもあり、エレクトロニクスにのめり込んでいく。そしてハイ・スクール時代には知り合いの所有するラジオやオーディオ機器の修理を手掛けるようになった。ハイ・スクール卒業後はジュニア・カレッジで会計士の勉強をしながら独学で電子工学に対する造詣を深め、PAシステムを自力で組み上げ、それを貸し出すという仕事も始めた。'30年頃には公務員試験をパスし、経理事務の仕事を得たが、折からの不況で十分な収入を得ることが出来ず、得意な電子工学と電気機器に対する知識を生かし商売を始めることを決意した。

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写真A:レオ・フェンダーは当時のパートナーであった
ドク・カフマンとともに、エレクトリック・スティール・
ギターとギター・アンプを次々に開発した。
稲妻をデザインしたロゴ・マークがユニークだが、
電気楽器であることをアピールしている。

 '38年、レオはフェンダー・ラジオ・サービスを設立する。ラジオや音響機器の販売と共に修理も手掛けたレオの元に、地元のミュージシャンがリペアのためにギター・アンプやエレクトリック・ギター、スティール・ギター持ち込むようになり、レオはそれに興味を持つようになった。まだ生まれて間もないアンプやエレクトリック・ギターのデザイン上の不備を察知し、それを改善するアイデアを練り始めた。まもなくレオはカスタム・オーダーでアンプの製作を始め、楽器用のピックアップのデザインも手掛けるようになった。その頃、レオの店に出入りするミュージシャンの一人にドク・コフマンという男がいた。ドクはミュージシャンでもあり、初期のリッケンバッカー社で働いていた経歴も持ち、楽器についても様々な知識を持っていた。二人はまず新しいレコード・チェンジャーの設計を手掛け、続いて独自のピックアップを開発し'44年にパテント申請を出した。そのピックアップが取り付けられたソリッド・ボディのスティール・ギターは地元で評判を呼び、'45年、レオとドクはK&Fマニファクチュアリングを設立し、エレクトリック・スティール・ギターを製品化した。数種類のラップ・スティール・ギターと、それと組み合わされるアンプを開発し、ラインナップも充実し業務拡張を計ったレオだが、ドクはビジネス面で折り合いが合わず、会社を去ってしまうこととなった。(写真A)

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写真B:テレキャスター/エスクワイヤーが
デビューした当時のポストカード。
ギターと言えばアコースティック・ギターを
誰もが想像した1940年代ならではで、
エレクトリック・ギター各部のディティールが
描かれている。また、フェンダー・ロゴも
現在では見られないデザインだ。

 '46年、レオはドク・カウフマンがK&Fを去ったのを機に社名をフェンダー・ミュージカル・インストゥルメンツ・コーポレーションに改めた。第二次大戦の影響で生産体制が停滞していた他の楽器メーカーに対し、新興メーカーであるフェンダー社はスティール・ギターとアンプの分野で好調にシェアを広げていった。そして'48年、レオはスパニッシュ・スタイルのエレクトリック・ギターのデザインに取りかかった。その頃のエレクトリック・ギターはフル・アコースティックのボディにピックアップを取り付けたものが主流であったが、レオはボディの共鳴が弦振動に影響を与え、クリアでサステインに優れたサウンドを得られないと考えた。レオは、それまでのエレクトリック・ラップ・スティール・ギターの長所をスパニッシュ・ギターに採り入れようと考えたのだ。同じ頃、マール・トラヴィスがポール・ビグスビーと組んでカスタムメイドのソリッド・ボディ・エレクトリック・ギターを製作していたが、レオはそれにインスパイアされつつも、量産品として優れた生産性を備えながらも素晴らしいサウンドと演奏性を持ったギターを目指した。いくつかのプロトタイプを経て完成したエレクトリック・ギターはブロードキャスターと名付けられた。レオがエレクトロニクスに興味を持ち始めたきっかけの一つであるラジオ放送にあやかったモデル名を与えられたこのギターは、空洞を持たないソリッド・ボディというだけでなく、別に加工されボルトでボディと接合されるネック、直接ワンピースのネック材に打たれたフレットなど、画期的な構造を備えていた。それは製造時の工程を簡略化出来ると共に、メンテナンス性にも注意深く考慮した仕様であった。他にもソリッド・ボディならではのボディ・デザインの自由度を生かした深いカッタウェイの演奏性の高さ、2弦一組ずつながら独立してイントネーション調整が行なえるブリッジ、ペグがヘッドに1列に並びチューニングのしやすさというメリットも生んだヘッドのデザインなど、それまでの量産型エレクトリック・ギターにはない長所を備えていた。こうして誕生したブロードキャスターは、最初は否定的な意見も多く聞かれたが、地元のギタリストを中心に浸透していった。(写真B)

 続いてレオはエレクトリック・ベースの開発に取り組んだ。それまではポピュラー音楽でも低音弦楽器は巨大なボディながら音量的に問題のあるアップライト・ベースしかなく、レオはこれをエレクトリック化しソリッド・ボディに置き換えることで大きなメリットが生まれると考えたのだった。更にレオは、フレットがなく演奏の習得が困難で音程の取りにくいアップライト・ベースに対して、ギターのようにフレットを打つことで、誰にでも簡単にプレイ出来るベースを作り出せると考えた。'51年に発表されたエレクトリック・ソリッド・ボディ・ベースはプレシジョン(正確な)・ベースと名付けられ、フレットを持つ優位性をアピールした。まだブロードキャスター(その頃には商標の権利問題でテレキャスターにモデル名を変更していた)も十分に受け入れられていなかった時代のこと、プレシジョン・ベースは最初は冷笑されていたが、現在のエレクトリック・ベースの規範がこのプレシジョン・ベースであり、その普及率を見ればレオの発明の偉大さは考えるまでもないだろう。

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写真C:ストラトキャスター・デビュー当時の
ポストカード。フェンダーらしさを継承しつつも、
あらゆる面で斬新なアイディアが盛り込まれた
ギターであり、サウンド、機能性、デザインなど
のすべてが、現在のギター・シーンのベースと
なった。

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写真D:ストラトキャスターがデビューした
1954年のフェンダー製品カタログ。
このときジミ・ヘンドリックスとエリック・
クラプトンはまだ9歳の子供に過ぎなかった。

 ストラトキャスター以降も、ジャズ・ベース、ジャズマスター、ジャガー、ムスタングなど、現在に至るまで多くのギタリストに愛用される名機を生み出し、アンプに関してもそれまでの歴史を変えるような素晴らしい製品を開発し続けてきたレオだが、'65年には健康上の理由から社長の座から退き、フェンダー社をCBSに売却することとなった。レオは顧問という形でCBS傘下となったフェンダーに製品のアイデアを提供するという立場となった。'70年にレオとCBSの契約が切れた後、彼はフェンダー社の副社長だったフォレスト・ホワイト、フェンダー・セールス社にいたトム・ウォーカーと共にミュージックマン社の設立に関わり、ギター/ベースとアンプのデザインに携わった。レオがフェンダー社のコンサルタント業務のために独自に設立したCLFリサーチ社が製品開発と製造を行なうという形で、ここでも現在も多くのベーシストに愛用されるスティングレイ・ベースが生まれた。

 '70年代の終わり頃、経営上の問題からミュージックマン社と距離をおくようになったレオは、自らの新しいギター・ブランドを設立すべく動き出す。'40年代からレオの右腕として働いてきたジョージ・フラートン、フェンダー社でセールスの仕事をしていたこともあるデイル・ハイアットとともにG&L社を新たに設立した。G&Lは、レオがこれまで生み出してきたものに加え、新たなアイデアを盛り込んだモデルを世に送り出し、レオの理念に基づいた製品作りは今もなお継承され続けている。

 '91年3月21日、レオ・フェンダーはこの世を去った。享年81才、死の間際までG&Lの新製品の開発に取り組んでいたさなかの死だった。

(川上啓之)
写真:“The Guitar 5”より転載

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