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ギター偉人伝

トニー・ゼマイティス Tony Zematis(1935〜2002)

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写真A:ゼマイティス・ギターに関するスクラップ
を床に広げたトニー。左下にはなんと
ゴールド・フィニッシュのゼマイティス・ギターが!

 O.H.ギブソン、C.F.マーティンをはじめ、このギター偉人伝で紹介されている人物の多くは、そのキャリアを個人製作家としてスタートしている。ここで紹介するアンタナス・カシメレ・ゼマイティス――英語風表記でアンソニー・チャールズ・ゼマイティス、通称トニー・ゼマイティスで知られるギター・ルシアーも、これまでに世界中に何千人も存在したであろう個人製作家の一人だ。だが、彼が死ぬまでに生み出したギターの数々は芸術的な輝きを放ち、誰の目から見ても特別なギターだということが解るオーラを醸し出している。ギターの発展に貢献したという意味では、それを芸術品にまで高めたという意味で、ここで紹介するに相応しい作品を残したルシアーといえるのではないだろうか。

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写真B:制作途上のアコースティック・ギターを
前にしたトニー。彼は主にイギリスやヨーロッパ
から選りすぐりの材木を入手していた。

'35年生まれのトニー・ゼマイティスの祖父母はリトアニア出身だが、両親と彼自身はイギリスで生まれた。'51年、16才のトニーは学校を離れ、家具製作の修行を始めた。彼が制作した飾り棚は、後にウィンザー城やセント・ポール寺院などに使われるほどの出来映えだったという。そしてその傍らで、趣味として屋根裏部屋で見つけた壊れたギターを新しく生まれ変わらせたりして楽しんでいた。'55年には初めてナイロン弦のアコースティック・ギターを製作している。その頃トニーは2年間、軍の仕事に携わったが、その後も趣味としてアコースティック・ギターの製作を続けていた。それが次第に周囲で評判となり、'60年には原材料費のみで人に売ったりもしていたという。製作を続けるうちに彼の製作したギターはプロのギタリストにも評判となり、'65年には趣味だったギター製作が本業へと成り代わっていた。トニーがそのキャリアの初期に製作したギターを使用したリストの中にはスペンサー・デイヴィスやジミ・ヘンドリックスも名を連ねている。彼の製作したギターの評判は人から人へと口伝えで広まり、'60年代の終わりから'70年代初めにかけてロン・ウッドを筆頭に、エリック・クラプトンやジョージ・ハリスン、ドノヴァンやボブ・ディランなどのトップ・ギタリストからの注文も舞い込むようになった。

 現在ではゼマイティス・ギターのシンボルともなっているメタル・フロントと呼ばれるモデルの最初の一本は、ザ・グラウンドホッグスというバンドのトニー・マクフィーのために作られたものだった。この当時トニーの友人でショットガンの彫金を手掛けていたダニー・オブライエンが、トニーの制作したメタル・フロントのアルミニウム製プレートに彫金を施すことを提案したのだが、この彫金が施されたメタル・フロントはロン・ウッドの使用で大きなインパクトをもたらし、トニーの元には多数のオーダーが殺到することとなる(写真C)。だが、トニーは事業を拡張することなく自らのハンドメイドにこだわり、年間に25〜30本程度しか製作しなかったため、注文を断らなければならないほどだった(写真D)。こうしてゼマイティス・ギターは成功したミュージシャンのステイタス・シンボルとして、数多くの音楽雑誌のグラビアを飾り、トニーの名声とゼマイティス・ギターに対する評価も相乗効果で高まっていったのである。

 '72年にはトニーはロンドンを離れ、自宅と工房をケント州へと移し、それ以降もマイ・ペースでトップ・ミュージシャンからのオーダーに応え、優れた作品を生みだしていった。'80年にはカスタム・オーダーだけでなく装飾をシンプルにしたスチューデント・モデルまたはテスト・モデルと呼ばれるシリーズも製作するようになったが、それも全て彼自身の手によって製作されていたため、順番待ち状態で世界中のギタリストから寄せられる注文に応える中では思うように製作することが出来ず自然消滅してしまった。しかも彼が初めてギター製作してから40年が経過した'95年には、年間約10本にまで製作ペースを抑えていたのである。その頃のトニーは体力の衰えを自覚していたこともあり2000年に引退を表明、最後を飾るに相応しい美しいパール・フロントで締め括った。

 '02年8月、トニー・ゼマイティス死去のニュースが伝えられた。近年、我が国で設立されたゼマイティス・オフィスよって彼の意志が継承され、トニー自身が所有していたテンプレートや図面に忠実にボディやパーツを製作し、トニーのパートナーだったダニー・オブライエンのデザインによる彫金が施されたギターの生産が開始された。トニーの死によって幻と化すかと思われたゼマイティス・ギターが、こうして多くのギター・ファンの手に渡る機会が設けられたことは、今後のギター文化を刺激する意味でも喜ばしいことなのではないだろうか。

(川上啓之)
写真:プレイヤー別冊「ハンドブック」より転載

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